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第9話 彩音の登場

Author: 釜瑪秋摩
last update Huling Na-update: 2025-07-19 20:15:58

「神林さん、またスマホ見てるの?」

 突然の声に、私は慌ててスマホを机の下に隠した。振り返ると、桧葉彩音がにこやかな笑顔で私を見下ろしていた。

 彩音は私のクラスメイトで、学年でも一、二を争う美人だった。サラサラの長い黒髪、大きくて澄んだ瞳、整った鼻筋に薄いピンクの唇。まさに理想的な美少女という言葉がぴったりの容姿をしている。

「あ、えっと……」

 私はどぎまぎしながら答えに窮した。授業中にこっそりとショウからのメッセージを確認していたのを見られてしまったのだ。

「別に怒ってるわけじゃないよ。ただ、最近よくスマホを見てるなって思って。なにか楽しいことでもあるの?」

 彩音は小さく笑った。

 その笑顔は一見優しそうに見えたが、なぜか私は背筋がぞくりとした。彩音の瞳の奥を見ていると、なにか冷たいものを感じる。

「別に、楽しいだなんて、そんなことは……」

「そう? でも最近、ちょっと雰囲気変わったよね。前よりも明るくなったっていうか、楽しそうっていうか」

 彩音は私の隣の席に腰かけた。近くで見ると、彼女の美しさがより際立って見える。透き通るような白い肌に、まつげの一本一本まで完璧に整っている。

 私はこんな美しい人の隣にいることが恥ずかしくて、つい顔を逸らしてしまった。

「私なんて、そんな……桧葉さんみたいに綺麗じゃないから……」

「謙遜しなくていいよ。女の子は恋をすると綺麗になるって言うじゃない」

 ――恋。

 その言葉にドキッと心臓が大きく鳴り、手に汗がにじむ。まさか、彩音に私の気持ちが見抜かれているのだろうか。

「恋だなんて、そんなこと……」

「あれ? 違うの?」

 彩音は首を傾げた。仕草の一つ一つが、私と違ってとても綺麗に見える。

 美人だと動作の一つでさえ、私とはこんなにも違うんだ。

「てっきり、素敵な人でもできたのかな、って思ったのに」

 私は必死に平静を装おうとしたが、頬が熱くなるのを止められなかった。きっと今、真っ赤になっている。

「本当に、そんなことないです。素敵な人だなんて、そんなことないです」

「ふーん」

 彩音は私の顔をじっと見つめた。

「でも、神林さんって意外と可愛いところあるんだね。真っ赤になっちゃって。そういう恥ずかしがってる顔、初めて見た」

 可愛い。

 彩音のような美人に「可愛い」と言われるなんて、あり得ない。きっと社交辞令なのだろう。でも、それでも少しだけ嬉しかった。

「あ……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 彩音は立ち上がった。

「また今度、色々と聞かせてね」

 そう言って、彩音は自分の席に戻っていった。

 私はほっと胸を撫で下ろした。しかし同時に、なぜか嫌な予感が心の奥に残っていた。色々聞かせて、だなんて。特に親しくもないのに、私のなにを聞きたいんだろう?

 彩音が興味を惹くようなことなんて、私にはなにもないはずなのに。

 昼休み、いつものように屋上に向かう途中、廊下で彩音とすれ違った。

「神林さん、一人でお昼?」

「はい」

「寂しくない? よかったら一緒に食べる?」

 私は驚いた。彩音は普段、同じように美人で人気のある友だちのグループと一緒にいる。そんな彼女が、私のような地味な子に声をかけてくれるなんて。さっきのこともあって、私は少し警戒していた。

「でも、桧葉さんは、いつもお友だちと一緒じゃ……」

「今日はたまたま一人なの。お願い、付き合って」

 彩音の頼みを断る理由は見つからなかった。それに、せっかく優しくしてくれているのに、断るのは失礼な気がする。

「わかりました」

 私たちは中庭のベンチに座って、お弁当を広げた。彩音のお弁当は色とりどりで美しく、まるでレストランの料理のようだった。それに比べて私のお弁当は、母が作ってくれた普通の家庭料理で、なんだか恥ずかしくなった。

「神林さんのお弁当、美味しそう」

 彩音は微笑んだ。

「手作りなの?」

「母が作ってくれました」

「いいな。私のは家政婦さんが作ってくれるんだけど、なんだか味気なくて」

 家政婦さん。やはり彩音は私とは住む世界が違うのだ。

「でも、とても綺麗ですね。すごく豪華で素敵です」

「見た目だけはね。神林さんは、将来、なにになりたいの?」

 突然の質問に、私は戸惑った。

「まだ、よくわからなくて……」

「そう。私は絶対に女優になりたいの」

 女優。確かに彩音の美貌なら、その夢も現実的に思えた。

「きっと、素敵な女優さんになりますね」

「ありがとう。でも、この世界って結構大変なの。見た目だけじゃダメで、演技力も必要だし、なにより運も大切」

 彩音は遠くを見つめながら続けた。

「だから私、普段から色んな人を観察してるの。人の心の動きとか、表情の変化とか。演技の参考にするためにね」

 その言葉に、私は少し不安を感じた。もしかして、彩音は私のことも「観察」しているのだろうか。

「神林さんも、恋をしてるときの表情、とても参考になるわ」

 私の心臓が止まりそうになった。

 やっぱり観察されているんだ……。

「恋だなんて……私にはそんなのは……」

「大丈夫、秘密は守るから」

 彩音はウインクした。

「でも、相手はどんな人なの? 同じ学校の人?」

「あの……本当に全然そんなのじゃなくて……」

「気になるな。神林さんみたいな真面目な子が恋をするなんて、きっと素敵な人なのね」

 彩音の質問攻めに、私は困ってしまった。でも、彼女の興味は純粋なもののようにも思えた。女優になりたいと言って、演技のために人の心のことまで見ているなんて、きっと本当に夢を追いかけているんだろう。

 綺麗な人は、なんでも簡単に手に入れられるイメージがあったけれど、本当はとても努力をしているのかも……。

 少しだけなら、私の話をしてもいいんじゃないかと思ってしまった。

「実は……会ったことのない人なんです」

「会ったことのない?」

 彩音の目が輝いた。

「もしかして、ネットで知り合ったの?」

 私は頷いた。

「すごい! まるでドラマみたい」

 彩音は手を叩いた。

「どんな人なの? 写真は見たことある?」

「写真は……見たことないです。でも、とても優しい人で……」

「素敵ね。でも、会わないの?」

 その質問が、私の一番の痛いところを突いた。

「会えないんです」

「どうして? 好きなら会いたくなるでしょ?」

「私が……醜いから」

 自分の口からその言葉が出た瞬間、私は後悔した。なぜ、彩音にそんなことを話してしまったのだろう。

「醜いだなんて、そんなことないよ」

 彩音は私の手を握った。私の目を覗き込んで、真っ直ぐに見つめてくる。

「私は、神林さんは十分可愛いと思うよ」

 その優しさが、逆に私を惨めな気持ちにさせた。美しい彩音からの慰めの言葉が、かえって自分の醜さを際立たせるように感じられた。どう答えていいかわからずに、私は当たり障りのないお礼を返した。

「ありがとうございます」

「今度、その人とのやり取り、見せてもらえる? どんな会話してるのか興味があるの」

 私は慌てて首を振った。軽い話はできても、ショウとの会話を誰かに見せるなんて、そんなこと絶対にできっこない。

「それは……恥ずかしいです」

「そっか。二人だけのやり取りなんだもんね。でも、いつか見せて欲しいな」

 彩音は笑顔で言った。

「きっと素敵な恋愛だと思うから」

 その日の午後、私は彩音との会話を思い返していた。

 彼女は優しかった。私の恋愛話に興味を持ってくれて、醜いと言った私を励ましてくれた。それなのに、なぜか心の奥で警戒心が消えなかった。

 あの美しい笑顔の裏に、なにか別のものが隠されているような気がしてならなかった。

 単純に私の被害妄想かもしれない。

 きっと彩音は、本当に優しい人なのだろう。あんなに美しくて気持ちも優しい人なんて、素敵な人なのかもしれない。

 そう自分に言い聞かせながら、私はショウからのメッセージを開いた。

『今日はどんな一日だった?』

 いつもの彼の優しい言葉に、私の心は温かくなった。でも同時に、彩音に話してしまったことへの後悔も込み上げてきた。

 この秘密は、私だけのものにしておくべきだったのかもしれない、と……。

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